シルクロードの旅10_嘉峪关

翌日、適当にタクシーを捕まえて観光に出発です。ニコニコと良くわらうおじさんでした。
ここがなんていう寺院なのかわからないですが、チベット寺院に行きました。 ドライバーに連れて行かれたのかな。ここがとても良かった。
行き先は出発前に大体しか決めずに、前日の夜に地球の歩き方を見て決めていたのだけど、仏教寺院が掲載されておらず、なぜここに行ったのか記憶にないのです。(やばいですよね。脳が)。

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シルクロードの旅09_敦煌-》嘉峪关

3泊した敦煌も今日でおしまい、次はバスで嘉峪关に行きます。5時間。うつらうつらしてて、あまり記憶にないです。それというのも敦煌の夜が楽しくて、お酒を飲みながらフラフラしまくっていたため夜ふかしだったのです。(危ないな。)

車中、もう外国人だからといって別室に連れて行かれることもありませんでした。人々の格好も見慣れた洋服です。
窓の外を見ると吐鲁番-敦煌と同じように砂漠が続き風車が朝の風を受けて回転翼を動かしています。
そして砂漠の向こうには祁連山の陰が連なっています。
嘉峪关は万里の長城の最西端がある場所として有名です。山と砂漠が交差している箇所にあるため、歴史的に要所になっているそうです。

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シルクロードの旅07_敦煌(莫高窟)

なぜこの旅行を始めたのかというと、元々チベットのラサに行こうとしていたのでした。
なぜラサかというと、中国語学校の体験入学で一緒になった人が無類のチベットファンで、この方はカメラマンであり、その方がサイトに載せていた写真がとても格好良かったから、行くしかない!と思って決めたのだった。
コメダ珈琲で地球の歩き方チベットや、母と旅した900日や、各旅行サイトなどをじっくりみていたが、40万くらいかかるということがわかり、驚愕する。

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シルクロードの旅04_吐鲁番へ

思いがけなくウルムチ博物館でとても素敵なミイラ群を目にして大満足。
次の土地は吐鲁番。この旅は兰州に向けて移動している。
本当は中国中心部から西藏に向かったほうが、土地の空気が変わっていくことを実感できるのだけれど、最終目標が蘭州ラーメンを食べることなので仕方がない。
なぜ出発地が新疆かというと、もともと拉萨に行きたかったけど、ツアーで30万〜もするので行くのを諦め、せめて西側へ行ってみようと来たのだった。
乌鲁木齐市は警備が厳重だ。警察の警備や検査がそこかしこで行われている。コンビニのようなお店でも入り口で荷物チェックがされている。
バスの乗降車時にも、係のものがSuper Scannerと書かれた棒状の検査用具を持っている(ただし、持っているだけみたいで検査しているところを見ることはなかった。)
ウイグル騒乱以降特に監視が強まったようで、常に監視カメラが個人の行動を記録しており、強制収容や宗教弾圧、民族浄化が行われている、と日々のニュースが掻き立てている。
来る前にウルムチ駅爆破事件を読んで、幾度もの取り調べを覚悟してきたのだが、人々の見た目はほとんど漢民族で、上記の警備以外特に変わったところはなかった。しかし、長距離バスターミナル駅に到着するとウイグル族の帽子を被った男性や、色鮮やかなスカーフを巻いた女性がたくさんいた。

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骑马

バスで二時間くらい揺られていただろうか。
北京の兄貴に連れられ、馬に乗ることになった。
北京の兄貴は雑誌のイケメン特集に掲載されるほどのイケメンなのだ。
そんなイケメンが荒馬をいなして乗るのでとても絵になる。
自分はおとなしめの馬を選んでもらって人生二回目の乗馬。

北京の北、河北省まで行った。

R0018859

バラックのような建物が点在している。

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円明園

円明園は1709年より各皇帝が増築拡張しつつ、やはり1856年のアロー戦争の際、徹底的に破壊しつくされた。
円明園は頤和園の三倍の面積を持つ。
なんて大きいんだ!そしてなんていい天気なんだ!何回言うんだ!
ここも一日では回りきれない。北京に住んで週末に観光するしかないではありませんか。
頤和園行った日なので、到着してしばらく歩いたら夕方になってきちゃいました。
廃墟だけ見てきた。

円明園十二生肖獣首銅像

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頤和園

1750年乾隆帝が母のために作り、1860年に英仏連合軍が破壊して、西太后が巨額の海軍費を回して1884年から1895年に再建。結果日清戦争に負ける原因の一つとなった。1900年連合軍にまた破壊され1924年に政府が直した。
西太后については以下のサイトが読みやすかったです。
不思議館~女王にまつわる奇談~西太后

権力が転がり込んできたので、国が傾こうとも自分の欲望のままに生きた女性、という印象が強かったんですが、実際はどうなんでしょうね。暴君が気まぐれに見せる優しさはとても甘いものですが。

それにしても青空。はは、本当いい時期にいったものです。

宿の標識
宿の標識。

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