尾崎さんについて。

24歳で初めて正社員になった。
その3ヶ月後iMacG5 20inchをオークションで購入した。
当時はOSXに完全に移行しておらず、特に印刷業界ではクラシック起動できるこのマシンが重宝されていた。16万ほどしたかな。それまでは青白G3を馬鹿みたいにカスタマイズして使ってた。最終的にSATA使えてデュアルディスプレイ出来るG4の800Mhzのよくわからない、不具合起こりまくりの無駄なマシンになってた。

ジーさんマシンからすると、G5は驚異的なマシンで、こいつでブローバンドを体験し、スカイプやらネットラジオに激しく感動し、HALOのオンラインゲームを睡眠時間削って狂ったようにやり、寝不足の職場で不機嫌なオーラ出しまくってサークルクラッシャーと化したり、ああ…。。
もう5年も前のことか。なにもかもが懐かしい。

現在C2DのMacMiniをメインマシンとして、さっぱりG5には触らなくなってしまった。
福袋の買いすぎで生活空間が狭くなっていたのもあって、PCもろくに触ったことのない友達にあげた。
Happy Hacking Keyboardも付けて。彼はほくほく顔で喜んでいた。

その人とご飯でも食べに行こう、ってんで、塩バターチキンバーガーとやらを食べにモスバーガーへ向かったのだけど、その道すがら、柏駅前のダブルデッキで、妙な光景を見た。

草やツタで編んだ笠、前衛舞踏で使用するような、様々な色で作られた手染めのワンピース。
手すりに鏡を立てかけ、笠の紐を結んでいた。
駅前を行き交うなういヤングは、馬鹿にして指さし、カップル達は顔を寄せ合い嘲笑していた。

僕はすぐ「あ、あの人だ」と思って声をかけた。

「尾崎さんですよね」

「はい、そうです」

草花の香りが漂う。
笠の影から覗くその人の目は、始めて出会ったときと変わりなく澄みきっていた。

「……どこかでお会いしましたか?もう様々な場所を旅してきたから。」
「もう覚えていないかもしれませんが、4年ほど前、同じこの場所で幾度かお話ししたことがあります。ボックスギャラリーで絵を見ていただいたり……」
「はぁ、ごめんなさい。思い出せない……。頭がぼけてしまったのかしらね。」
「そうですか。でもお元気そうで良かったです。」
「はい、今晩ゆっくり思い出します。ごめんなさいね。」

と実に短いやりとりだった。
とっさのことで4年前と言ってしまったけど、もっと前、23歳の時だから6年も前。

6年前は早朝に駅前掃除のアルバイトをしていた。
当時、一日3時間だけ働いて、残りの時間は図書館で本を読んで繰らすという、ぐうたら生活を送っていた。
今思えばすばらしい生活なのだけれど、人間というやつは安逸なときにこそ絶望を思うもので、いつも暗かった。
バイトの帰り、すっきりした夏の昼前、タバコ吸いながらぶらぶらだらだら歩いていると、ツタの笠のその人はいた。
学生時代何度か暗黒舞踏を観に行っていたので(アスベスト館にも行った)、その筋のパフォーマーだと思い、じっと見ていた。
自分は音楽について詳しくはないけれど、どう聞いてもでたらめな調子で三味線を弾いていた。
で、声をかけた。
「舞踏をやられている方ですか?」
「はい、舞踏だけではないのですが。踊りましょうか?」
「ぜ、ぜひ!」
「あなたも一緒に踊りませんか?」
「いえ、それはいいです!」
なんてやりとりのあと、彼女は踊り出した。

見ての通り。
僕は激しく興奮した。
若者の多くの人がそうであるように、自分も又日常をぶちのめして自分も砕け散りたいと激しく願うものの一人であった。
彼女は全く平和的なやり方で、日常をぶちこわした。募金箱の前で踊るなんて、すがすがしい。
僕は一気に彼女のファンになった。絵を描いて近所のBoxギャラリーにポストカードが置いてあるから見てほしいこと、そして出版の決まった小説を今推敲中なので、次あえることがあれば、是非読んでほしいことを伝えた。

翌週あたりにBoxギャラリーのスタッフから、尾崎から託された手紙を受け取った。
花の香りのする封書。

小説も渡すことができたのだけれど、今考えると、もう、恥ずかしくて恥ずかしくて。小説はむき出しだから残酷だよ。よく人様に見せたよな。その小説の感想も手紙でいただいた。

その手紙は自分の数少ない宝物として、大切にしまって、年に一、二度読み返す。
生きることが少し楽になるけれど、そのたびに迷いを強めるような内容。

そのやりとりがあった後、自分は定職に就き、もう会うことはなかった。
手紙も、もうこの世をあきらめるような、そんな言葉があったし、あんな諦めきった綺麗な目をしているから、いなくなってしまったのかな、と思っていた。

でも、僕はこの6年間、駅前を通る度にこの人と又出会わないかと、期待していたわけで。
あったところで向こうは自分の事なんて忘れていたので、話も弾まなかったけれど、でも、あえて良かった!

僕は、本当は尾崎さんの言うとおりに生きたいんだけど、意気地がないから出来ないんです。
でも、尾崎さんの存在はとても大きいから、なんとか、なんとか、それに近づけるような、そんな生き方をしたい。

数ヶ月ぶりにあう友達と食べた塩バターチキンバーガーは、化学調味料をぶちまけたような食べ物だった。


緊張して指が入っちゃった。