頤和園

1750年乾隆帝が母のために作り、1860年に英仏連合軍が破壊して、西太后が巨額の海軍費を回して1884年から1895年に再建。結果日清戦争に負ける原因の一つとなった。1900年連合軍にまた破壊され1924年に政府が直した。
西太后については以下のサイトが読みやすかったです。
不思議館~女王にまつわる奇談~西太后

権力が転がり込んできたので、国が傾こうとも自分の欲望のままに生きた女性、という印象が強かったんですが、実際はどうなんでしょうね。暴君が気まぐれに見せる優しさはとても甘いものですが。

それにしても青空。はは、本当いい時期にいったものです。

宿の標識
宿の標識。

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紫禁城

教科書に乗っている建物の中に入っていくのだ。
ラストエンペラーで見たのとそっくりだ!溥儀が自転車で駆け抜けた道だ!
中国の歴史は良く知らないけれど、沢山の人間が関わり、争ったり、企んだり、毒を盛ったり、首吊るされたり、井戸に放り込まれたり、死んだり、生きたりを膨大な数繰り返し積み上げてきた空気。
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もう、なんて大きいんだ!なんて大きいんだ!なんて大きいんだ!
大きいんだけど、装飾にも抜かりがなくて、頭がクラクラして、中国、すごい。でかい。正直、有名な観光地とか行っても、沢山の人がいて、疲れて、あんまりこう、心が揺れない無感動な人間なんだけれども、このスケール感の中に身をおく体験は、すごかったのです。
一日では回れなかった…。
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毛沢東

APECの開催期間中なので、工場が一斉に稼働を停止し、北京上空は連日突き抜ける秋晴れなのであった。
国内外で問題になっているPM2.5の原因は確実に工場のせいじゃん!と北京市民は思ったみたい。……という話はしたっけ?

このペースでは一年前の日記になってしまうなー。

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To ベイジン

中国の人は、日本人からしたら距離の感覚が少し異なるんじゃないだろうか。
故郷に行くために、寝台列車や、狭いバスに何日も乗り続け、大陸を縦横無尽に移動する。交通機関も日本と比べるとかなり安い。
移動する人が多いからか、宿も沢山ある気がする。
実際、自分はほぼ宿に予約を入れることなく旅行をしていた。
言葉はほとんど喋れなかったが、百度地图で、行き先も、距離も、移動手段も、金額も、ホテルも、グレードも、遊び場所も、観光地も何もかも調べることができた。GoogleMapよりもずっと便利だった。百度老师の指し示すルートにそって歩くだけで全てが完結してしまった。日本では勝手にインストールされるhao123とかshimejiの文字列自動送信事件とかで怪しいイメージのある中華Appだけど、他国は締め出し、自国のコンテンツを守り、最適化されているため、どこの国よりも進化している部分がある。
そういうアプリに助けられ、快適な旅行ができた。

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SNH48

iPhotoの記録より、2014年10月26日の出来事なのだと知る。

記憶なんてあっという間にかっ飛んでいって、曖昧なものになっている。
記憶に無いことはなかったことだけれど、記憶にあるものも、非常に疑わしい。
そう考えていくと、現在が非常に味気なくなり、飾ってあった未来は鮮やかさをなくしていってしまう。
そうなってはいけないので、人々は桜の森の満開の下で、お酒を飲んで笑い倒し、グズグズに酔いつぶれたり、喧嘩をしたりして、なんとか生きている実感を取り戻そうとしている。(serial experim

アイドルのライブもそうだ。
憂き世の慰めに純粋無垢なる少女を拝み奉る。お布施をすればするほど、徳は積まれ、あこがれの少女たちと握手をしたり写真を撮ったりする機会に恵まれる。
そして高僧達は一心にまじないを唱える。

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杭州1

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轢き殺した直後のような先頭車両

杭州は二回目だ。一回目は南京旅行の途中に寄り、駆け足だったので、じっくり見てみたかった。

西湖の西にある霊隠寺は326年に作られた禅寺で、杭州最大。
寒山寺でも思ったのだけれど、ヤンチャな若者も仏像の前でひれ伏し熱心に祈る様は、なかなか日本では少ないのかなと思った。
見上げると、無数の仏像がこちらを見下すギミックはなかなか面白い。上海万博跡地イタリア館で見たこれみたい。

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