2010>2011

ゼロ年代が終わりを告げたけれども、鬱々とした空気は継続しさらに息苦しく生きなくてはならない。
僕らどこに向かって進んでいるのかもわからず、五里霧中な迷子の世代、僕らの中の一人である僕は職についてからという物、ぼんやりとしながら、感情を押し殺して、やりがいを求めることを諦め、だらだらだらりと仕事をこなしてご飯を食べて排泄に励む毎日です。

今年の4月で30歳になる。
三十歳。もう大人でいることになれ、仕事や家庭を実直にこなし、迷うこともなく、しっかりとした意志をもち、困難にも強靭な精神で乗り越え、自信を誇りをもって生きているんだろうななどと、やはりぼんやりとしながら考えておりました、子供の頃は。
よくある話だけれど、実際そんなこともなく。

20代最後の年で30代初めの年。
じぶんは小さな頃から想像をすることが好きで、その自由な世界に身を委ね、幻想第四次の世界に暮らしておりました。
文字を読むことを覚えてからは他人の妄想をトレースするする遊びに夢中になりました。
独特な進化を遂げた文章は先生に褒められたけれど、それくらいで、勉強は一切放棄して劣等感の塊で、苦しく苦しく。若い頃には戻りたくありません。

中学位になると、さらにぼんやりと、なにか創作をしてみたいという気持ちがありました。
十代の終わり頃は不細工ながらいろいろつくっていたのだけれど、20代中頃から働き始めてから、さっぱりさっぱり。極稀に気まぐれに絵を描く程度。

最近思うことは、妄想し、それを他人に分かるように加工をしなくなることは実は健全なことなのかも知れないな、ということです。なにかを作らずにはいられない感情は年とともになくなっていってます
学生の頃は別の世界を作らなくては、呼吸すらままならない状態で、物を作って人に見てもらうことが生きる縁だったっていうと、自分程度の人間にはおおげさすぎるかも知れませんが、そんな感じ。

日々変わらぬ仕事、安逸な日々を諦念して繰り返していく生活。
それでいいんじゃない、そんなもんじゃない、なんつって、本田さんや社長夫人からもらった米を炊き、ドンキホーテで納豆を買い、ドンキポイントカードが8,000円分たまったことに喜び、ジムでウジャイ呼吸でツイスティングトライアングル決めて、熱いシャワーを浴びて、幸せってこういうもんじゃない、じゃない、じゃない?明日も早いし寝たろ、と血を巡らせてほかった手足で褥に潜る。そんなもんじゃない?

クエッションマークは迷いの印であって、やっぱり何か作りたいんです。
漫画かきたいってもう十年くらい思ってるんです。
今年5枚描いた。いや10枚描いた。5枚は没。
絵が死ぬほど下手なので、なかなか進まないんです。
何で死ぬほどヘタなのかっていうと、絵をかかないからなんです。
なんで絵を描かないかっていうと、描くと死ぬほど下手すぎて落ち込むからなんです。
じゃあ描かなきゃいいんじゃん、ってなるけれども、描きたいんです。
だから、ヘタでも来年描いていきたいです。
実はその為にレンタルサーバーとドメイン取って、このサイト開いたんです。WordPressに触ってみたいってのもあったけど。
絵も上手くなりたいなってデッサン教室通い始めたんです。隔週で描いててそうそう上手くはならないけど、これが、すごくおもしろくて、糞つまらない生活にとても潤いを与えてくれます。
なので漫画描きたい。週に10人ほど迷いこむこのサイトにアップしていきたい。

去年はPCスクールが終わり、業務でも徐々に仕事が回ってきた。デッサン教室にも通い始めた。海に潜って写真撮影をするようになった。父が亡くなりいよいよ自分一人で自立した生き方をしなくてはならなくなった。ヨガも少しずつできるようになってきた。町山智浩のpodcastを知り、四六時中聞くようになった。え〜と、あと、あと、特別前進もしてないけど後退もしてない、そういう年でした。

今年も宜しく。