吐鲁番へ

思いがけなくウルムチ博物館でとても素敵なミイラ群を目にして大満足。
次の土地は吐鲁番。この旅は兰州に向けて移動している。
本当は中国中心部から西藏に向かったほうが、土地の空気が変わっていくことを実感できるのだけれど、最終目標が蘭州ラーメンを食べることなので仕方がない。
なぜ出発地が新疆かというと、もともと拉萨に行きたかったけど、ツアーで30万〜もするので行くのを諦め、せめて西側へ行ってみようと来たのだった。
乌鲁木齐市は警備が厳重だ。警察の警備や検査がそこかしこで行われている。コンビニのようなお店でも入り口で荷物チェックがされている。
バスの乗降車時にも、係のものがSuper Scannerと書かれた棒状の検査用具を持っている(ただし、持っているだけみたいで検査しているところを見ることはなかった。)
ウイグル騒乱以降特に監視が強まったようで、常に監視カメラが個人の行動を記録しており、強制収容や宗教弾圧、民族浄化が行われている、と日々のニュースが掻き立てている。
来る前にウルムチ駅爆破事件を読んで、幾度もの取り調べを覚悟してきたのだが、人々の見た目はほとんど漢民族で、上記の警備以外特に変わったところはなかった。しかし、長距離バスターミナル駅に到着するとウイグル族の帽子を被った男性や、色鮮やかなスカーフを巻いた女性がたくさんいた。

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骑马

バスで二時間くらい揺られていただろうか。
北京の兄貴に連れられ、馬に乗ることになった。
北京の兄貴は雑誌のイケメン特集に掲載されるほどのイケメンなのだ。
そんなイケメンが荒馬をいなして乗るのでとても絵になる。
自分はおとなしめの馬を選んでもらって人生二回目の乗馬。

北京の北、河北省まで行った。

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バラックのような建物が点在している。

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円明園

円明園は1709年より各皇帝が増築拡張しつつ、やはり1856年のアロー戦争の際、徹底的に破壊しつくされた。
円明園は頤和園の三倍の面積を持つ。
なんて大きいんだ!そしてなんていい天気なんだ!何回言うんだ!
ここも一日では回りきれない。北京に住んで週末に観光するしかないではありませんか。
頤和園行った日なので、到着してしばらく歩いたら夕方になってきちゃいました。
廃墟だけ見てきた。

円明園十二生肖獣首銅像

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頤和園

1750年乾隆帝が母のために作り、1860年に英仏連合軍が破壊して、西太后が巨額の海軍費を回して1884年から1895年に再建。結果日清戦争に負ける原因の一つとなった。1900年連合軍にまた破壊され1924年に政府が直した。
西太后については以下のサイトが読みやすかったです。
不思議館~女王にまつわる奇談~西太后

権力が転がり込んできたので、国が傾こうとも自分の欲望のままに生きた女性、という印象が強かったんですが、実際はどうなんでしょうね。暴君が気まぐれに見せる優しさはとても甘いものですが。

それにしても青空。はは、本当いい時期にいったものです。

宿の標識
宿の標識。

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紫禁城

教科書に乗っている建物の中に入っていくのだ。
ラストエンペラーで見たのとそっくりだ!溥儀が自転車で駆け抜けた道だ!
中国の歴史は良く知らないけれど、沢山の人間が関わり、争ったり、企んだり、毒を盛ったり、首吊るされたり、井戸に放り込まれたり、死んだり、生きたりを膨大な数繰り返し積み上げてきた空気。
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もう、なんて大きいんだ!なんて大きいんだ!なんて大きいんだ!
大きいんだけど、装飾にも抜かりがなくて、頭がクラクラして、中国、すごい。でかい。正直、有名な観光地とか行っても、沢山の人がいて、疲れて、あんまりこう、心が揺れない無感動な人間なんだけれども、このスケール感の中に身をおく体験は、すごかったのです。
一日では回れなかった…。
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